山口県内米騒動発生地

県内33市町村の米騒動

山口県の米騒動発生地33か所(33市町村)を紹介します。このうち、萩町では、萩町の住民の米騒動と山田村の住民が萩町に出かけて起こした米騒動が発生しているので、萩町1か所で2町村の米騒動が発生したことになります。一方、太華村では住民の米騒動と日本金属徳山製錬所の労働争議が発展した米騒動が発生しているので2カ所ですが1村でカウントします。このことから、県内米騒動発生地を33か所・33市町村(1市9町23村)としました。

「その他」では、33か所以外の「不穏な動き」等を紹介しています。

33か所は、①騒擾事件調査票に記載されている騒擾(詳細が不明な村を含む)21町村、②新聞記事等に記載はあるものの起訴者の出ていない(軽微な警察犯処罰令を含む)街頭の行動のあった12市町村(福川町。徳山町。萩町・山田村。下関市。右田村。日良居村。西浦村(集団行動と別に個人犯罪起訴あり)。篠生村。須佐村。弥富村。太華村日本金属(太華村は別に①の騒擾があります))、③県知事報告に「貼紙」の記載がある1町(平生町)です。また、米騒動に適用された騒擾罪は本来、公共の平穏を害する数十名以上の集団行動を対象とするものですが、当HPの米騒動は、少人数の行動も米騒動に含んでいます。

 

33市町村を6地区に分けています。右のメニューリストをクリックすると県内6地区とその他の米騒動を閲覧できます。

人権への配慮

 発生地は、原則として発生当時の市町村名、『防長風土注進案』の村名までの記載とし、市町村内の字(あざ)名や地区名は原則として記載しないことを基準とし、史料の該当部分は塗りつぶしています(一部の大字(おおあざ)名は記載しています。神社などの集合場所や炭鉱・工場名と所在地は記載しています)。

騒擾罪等の刑罰を受けた人物の姓名・本籍・住所は原則記載せず、史料の該当部分は塗りつぶしています。ただし、名のみ記載している箇所(記載例「〇〇太郎」。「太郎」)があります。

史料に記載された歴史的語句ではあるものの、現在は差別用語となっている語句は、管理者が史料の該当部分を塗りつぶしています。

新聞・県知事報告に被差別部落民(史料では差別用語の歴史的語句)の記載がある米騒動と不穏な動きは、現萩市内、現防府市内、現山陽小野田市内の3か所で、ほかに現山口市内の被差別部落の地名が1か所あります。当HPでは伏字にしたり、資料の該当部分を黒塗りにしています。

 

《関連》『山口県史 通史編 近代』の刷り直し

2018年3月24日付『毎日新聞』地方版は、「差別的表現で刷り直し「購入者は連絡を」」という見出しで、『山口県史 通史編 近代』に「人権に配慮を欠いた表現があったと発表した」と報じている。「表現を変更するなどして刷り直し、既に当初発行分の回収を始めているが、一部の購入者が特定できないため、連絡を呼び掛けている」と記されている。

これは、『山口県史 通史編 近代』第三編「第七章 社会問題と社会運動 第一節 山口県の米騒動 2 米騒動の勃発」の項目にある、「表3-7-3」米価問題を騒擾(大正7年8月)」の訂正である。

人権週間を設けて人権問題の解決を推進する山口県が発行した『山口県史』が、人権に配慮しない記載をしたことに対する県民からの抗議によるものと推察する。

今後の山口県の米騒動に関連する基本文献となる『山口県史』の米騒動に関する記載なので、山口県の米騒動の他の記載部分を含めて別ページで検討したい。

また、当HPに人権問題に関わる記載がある場合は、見逃さず、ご手数ですが、コメント欄を通してご指摘をお願いします。また、史料や図書等の画像の使用においても、著作権の侵害や侵害の恐れがある場合はコメント欄を通してご指摘をお願いします。

山口県内の米騒動発生地(下記表1~33)を、管理者がグーグルマイマップ上にピンで表示しました。

ピンの色は、米騒動参加者の主体となった社会階層を示しています。

≪黄色≫都市住民  ≪青色≫都市漁民・漁村漁民  ≪緑色≫中山間部中心地住民  ≪朱色≫鉱山・工場労働者  ≪紫色≫都市・漁村漁民か都市住民かなど主体が不明確な騒動。内容不明の騒動。《黄色》~《朱色》以外の主体による騒動。

 

山口県近接地では、広島市(8月12~13日)、呉市(8月13~15日)、門司市(現北九州市・8月15~16日)で大規模な米騒動が発生しています。広島・門司は陸軍、呉は海軍が鎮圧のため出動しました。(地図上に・印あり。広島市→柳井町13日・岩国町・麻里布村14日、門司市→下関市16日に影響した可能性があります。)

山口県内では、8月12日の福川町から8月31日の出雲村までの20日間、1市9町23村で米騒動が発生しました(33市町村・約1万人。判明分)。

管理者作成。2023.1.15更新

山口県内の米騒動は、上の地図・表(発生日順を基本とし、発生日・内容の不明な騒動、労働争議から発展した騒動を下位に並べた)のように県内全域33か所(9は萩町での騒動。萩町と山田村の住民の騒動で、山田村民は萩町に押し出した)で発生し、上表の参加者の合計から県内で約1万人が参加したと推定される。

8月12日に福川町で始まったが、福川町は警察官の説諭により解散した。8月13日から柳井町、小串村で米商を襲撃する騒動が発生して以後、県内各地の騒動がピークを迎え、政府の米廉売政策が本格化する8月16日ころまでにほぼ終息した。その後8月17~18日に宇部村、18日に安下庄町で県内最大規模の騒動が勃発しました。17日以降は炭鉱・工場の労働者による騒動があり、また、役場の米廉売が不徹底なことに抗議する騒動が散発し、8月31日の出雲村の騒動で終期を迎えた。

米騒動の参加は、名古屋市、大阪市、東京市などの大都市が多いが、検事処分者や予審回付者では山口県は福岡県に次いで全国第2位の規模でした。特に宇部村の米騒動は、予審回付者数や死者数において大阪市などの大都市を上回り、市町村単位で全国最大の米騒動となりました。

山口県の米騒動に参加したのは、主に炭鉱夫、漁民、日雇い、零細業者、職人、職工(工場労働者)などの勤労大衆で、20代を中心とする男性でした。騒動の中には、騒動の経過や主体となった階層・職業が不明な町村があります。

上記の表の数字(1~33)を、以下の各市町村の解説で使用しています。